はじめに
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、水素やアンモニア、合成メタン、合成燃料等(以下、水素等)を通じた脱炭素化が急務であり、それを受けて、2023年6月6日に「水素基本戦略」が6年ぶりに改定された。
そして、低炭素水素等の利活用の拡大に向け、経済産業省及び資源エネルギー庁に設けられた関係委員会では2023年1月4日に公表された『中間整理』(以下「中間整理」)の内容を踏まえて議論が活発に行われているところであるが、これまで議論された内容の取りまとめを行うことを目的として、今月6日に「水素・アンモニア政策小委員会/脱炭素燃料政策小委員会/水素保安小委員会中間とりまとめ(案)」(以下「中間とりまとめ」)が公表された。
中間とりまとめの対象となったテーマは、(1)「価格差に着目した支援・拠点整備支援」、(2) 「低炭素水素等の供給に向けた制度整備」、(3) 「産業保安の観点から必要な制度整備」、(4) 「新たな市場創出・利用拡大につながる適切な制度の在り方」 の4つであるが、水素等供給事業者等や金融機関の担当者等の実務家の関心は国からの補助金の有無及びその具体的な中身にあり、弊所にも数多くの問い合わせが寄せられるため、上記(1)のうち、既存の化石燃料との価格差等に着目した新たな価格差支援制度(以下、「価格差支援制度」)に焦点を当てたい。
中間とりまとめの意義
水素等の新たなサプライチェーンの開発には、多額の初期投資と将来にわたる多額の運営費が必要であり、プロジェクトファイナンスで資金調達を行うことを想定した場合、バンカビリティの観点からは一定程度の収入の予見性及び安定性が求められる。これまで、価格差支援制度について、基準価格と参照価格の差額を支援対象とすること、支援期間は原則15年とすること及び支援対象事業者(プロジェクト)の選定は価格だけでなく総合評価とすることや評価項目案等は中間整理の段階で既に示されていたが、評価項目や基準価格等につきより具体化された基準及び考え方が示された点に意義がある。
価格差支援制度の対象
まず、価格差支援制度においては、(1) 国内製造と(2) 海外製造・本邦への海上輸送の両者のパターンが想定され、支援対象は、それぞれ、(1) 国内製造の場合は、水素等の製造に係るコスト、(2) 海外製造・本邦への海上輸送の場合は、水素等の製造・海上輸送に係るコスト(海外案件については、国内への供給分に応じたコスト)とされる。
支援対象プロジェクトの選定評価基準
支援対象とするプロジェクトの選定に際しては、単純な入札価格の比較のみならず、『政策的重要性(エネルギー政策及びGX政策)』及び『事業完遂の見込み』という2つの軸となる観点から、安全性、安定供給、環境性、経済性、事業計画の確度の高さや妥当性などの個別の評価項目ごとに審査の上で選定する総合評価方式が採用される。
支援の対象となる事業計画に求められる中核的な条件として、2030年度までに供給開始が見込まれるプロジェクトであること及び15年間の支援期間終了後に一定期間(10年間)の供給を継続することが前提とされる。
事業計画の確度の高さに関しては、水素等供給事業者が需要家との間で長期オフテイク契約を締結できることが肝要となるため、そのためには価格差支援制度によって水素等需要が刺激され、高い需要が維持されることが重要な前提となる。また、長期オフテイク契約の確保は、対象プロジェクトのプロジェクトファイナンスのためのバンカビリティの観点からも不可欠なものであるだけでなく、スポンサーの視点からもプロジェクトから一定の収益を確保する上で重要であるため、この点は該当する評価項目において重視されることが予想される。
『基準価格』と『参照価格』の算定方法
前提として、支援対象の価格差は、「『基準価格』-『参照価格』」で表される。
(1) 基準価格
基準価格は、供給者が需要家に販売する水素等について考えた場合、日本着時点における水素等の製造・供給に要する総コストと妥当な水準の利益の合計(単位量当たりの総コスト等)であり、本制度に応札する事業者自身が事前に算定し提示する。
基準価格は支援期間(原則15年)の間は原則固定であり、コストオーバーラン等のリスクについては事業者負担とする。他方、為替の変動や原料費等の変動の一部は、以下の表の通り、事前に定めた算定式に基づき自動調整が認められる。
出典:水素・アンモニア政策小委員会資料「低炭素水素等の供給・利用の促進に向けて」より抜粋
(2) 参照価格
参照価格は、以下の3つのうち、いずれか高い価格とされる。
今後について
この価格差支援については、拠点整備支援の対象となる事業計画と併せて、2024年夏頃を目途に公募開始を目指すこととされ、審査・評価を経て、2024年内での案件採択開始を目指すこととされている。
具体的なスケジュールとしては、現在、中間とりまとめはパブリック・コメント期間中であり、2024年1月6日に同期間が締め切られる。関係委員会は、寄せられた意見に基づき修正の要否等を議論・熟慮し、その結果を反映した上で、2024年1月に召集される通常国会中に同制度に関する法案を提出し、同会期中(2024年6月まで)の成立を目指し、それと併行して公募要領等の公募関係資料の作成も進められることとなる。その後、新法の公布を経て、事業計画の公募を開始するのが同年夏頃になるというのが想定された時間軸と考えられる。もっとも、現在渦巻く与党内の政治献金問題等により岸田首相による衆議院解散が行われた場合には、上記スケジュールは大きく遅れることになるため、スケジュールについては政治動向を踏まえて注視していく必要がある。
また、この価格差支援に充てられる予算の財源は、政府が発行するGX経済移行債であり、予算取りについては今後 GX実行会議で決定されるものと考えられるため、同会議における議論もフォローしていく必要がある。
国による公募における案件の評価や予算事業の執行に当たっては、従来の天然ガス等の化石燃料資源の上流開発支援等を経て培った実績や知見を活かすこととされ、この点に関して独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の有する専門的知見の活用が見込まれている。
最後に
冒頭でも述べた通り、本稿においては「価格差支援制度」に焦点を当てたが、本制度を軸にしてこの中間とりまとめ の別章で触れられている「低炭素水素等の供給に向けた制度」や「新たな市場創出・利用拡大につながる適切な制度」の詳細が固まることで、日本における水素等実装化の道筋がより確かなものとなる。日本が第一次石油危機以来の長年にわたり実現してきた「国内外を通じた安定的なエネルギーValue Chain」の構築に向けて着実に前進してゆくことが期待される。